メーザーは簡単に言うと強く増幅されたミリ波の電波のことです。同様のメカニズムで増幅される電磁波一般を表す言葉に「レーザー」(laser = Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)があり、レーザーの中で波長がミリメートル程度のものをメーザーと呼んでいます。このメーザーという言葉、昔は物理学や工学など、広い範囲の学者の間で使われていたのですが、現在では天文学者の中だけで生き残り、他の分野ではほぼ死語となっているようです。
私がウラル連邦大学で働かないかと誘われた理由の一つは、このメーザーに関する理論的な研究を行っているロシア人研究者がウラル連邦大学にいるためです。私はメーザーを放射する天体を観測的に研究しているので、研究を行う上でちょうど良い組み合わせなのです。
天体が放射するメーザーの天文学的意義を説明するのはなかなか難しい課題です。メーザーを研究している私の同僚は、彼が計画に関わっているロシアの宇宙電波望遠鏡プロジェクトがメーザーを検出したことを受けて最近地元メディアに向けて記者会見を行いました。このとき、30分ほどメーザーや研究内容について説明したあとに記者からの質問を受けたのですが、何人かの記者から同じ質問が出たそうです。その質問というのは「その天体メーザーというのはいつ実用化できるのですか?」というものだったそうです。
私達が行っている研究は、宇宙からやってくるメーザーを利用して「星の進化」について調べることが目的なのですが、どうもそのへんがさっぱり伝わらなかったようです。私の同僚が「実用化というと、どのようなことでしょうか?」と聞くと、「例えば軍事技術への転用とか」という返事だったとのことです。その記者さんは、星から出る「メーザー光線」でどこかの国を攻撃するようなイメージを描いておられたのでしょうか。一般への研究の説明というのは現場の研究者にとってはなかなか難しいものです。
ロシアの電波観測衛星 Radioastron のイメージ図 |
http://www.asc.rssi.ru/radioastron/