2018年9月3日月曜日

【第68回】ウラル連邦大学の論文報奨金制度

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


私の職場には、論文をロシア国外の学術誌から出版すると学術誌のインパクトファクター(IF値)に応じて報奨金がもらえるという報奨金制度があります。一番少ないケースで2万ルーブル(IF値がつかない学術誌の場合)、最大で30万ルーブル(IF値が10以上の場合)が支払われます。職場のスタッフが論文に共著者として入っている場合には人数で等分されます。

赴任当初は、ロシアの全ての研究者に対して論文報奨金が支払われているのだと思っていましたが、実際は論文報奨金が支払われるのは、国が進めている高等教育改革プロジェクト(5-100プロジェクト)の重点大学に選定されている大学に属する研究者のみであることを最近知りました。

報奨金とは別に、ロシアでは外国の学術誌に論文を掲載する場合には国の検閲を受けなくてはいけません。この検閲のために論文原稿を登録するウェブサイトに原稿を登録しておくことが報奨金を受け取る条件となります。私のように5-100プロジェクトの重点大学に属している研究者の場合は、検閲サイトに原稿を登録しておいた論文が受理されると年に一回まとめて論文報奨金が支払われます。

検閲に関しては、私が専攻している天文学のような基礎科学分野では実質的に無検閲で、私の学科では過去に出版を差し止められたり改訂の注文を国からつけられたということは一度もないと聞いています。大学の中に原稿検閲専門のセクションがあり、このセクションの職員は大学の職員ではなく、連邦政府から直接派遣されて大学に滞在しているとのことです。

報奨金制度を、報奨金をもらう当事者として経験すると実にいろいろな問題があることがわかります。まず、同じ職場の研究者が複数著者に入っていると報奨金が人数で等分されるので、共著者に名前を入れる入れないでトラブルになることがあります。また、本来は共著者に名前を入れるほどのことではないような簡単な相談等を持ちかけても共著者に入れるように言われる場合があるので、職場の同僚に研究上の相談を持ちかけにくくなります。

さらに、報奨金は主著者でも共著者でも関係なく等分されるので、自分で主著者として論文を書くよりも、共著者として他人の仕事を少しだけ手伝い、共著者として名前を入れてもらって報奨金を稼ぐ「ずるい」人が大量に発生します。こういう態度は、傍から見ていてあまり感じの良いものではありません。

論文報奨金制度を経験して率直に思うのは、報奨金制度というものは学術研究の生産性向上にはほとんど寄与していないのではないかということです。工場におけるライン作業のような、もっと単純な労働であれば、報奨金によって生産性が向上するかもしれません。しかし、基礎科学研究のように、何度も試行錯誤を繰り返し、場合によっては、自分がやった仕事であっても、信頼のおけない結果であれば、世に出さないという厳しい判断すらしなくてはいけない高度に知的な仕事においては、報奨金がもらえるからといってアウトプットの質がよくなるなんていうことは、まずありえないと思います。

写真はイメージ。ちなみにこれは近所のスーパーで売っていたメモ帳です。
(2018年4月撮影)

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