2022年8月21日日曜日

【コラム】中国に移籍して良かったところ、悪かったところ

第71回

前回のコラム(第70回)では、中国の研究職に興味を持っている人からしばしば聞かれるFAQの一つである「中国で研究職(ファカルティー職)を得る方法」について私見を述べた。今回は、これまたFAQである、中国移籍のメリット・デメリットについて、簡単に自分の考えを述べてみたいと思う。

ここで書くことはあくまでも私見で、メリット・デメリットは、中国に来るまでの私の過去の経験を基準として判断しているので、そのへんは考慮して読んでいただきたい。最近は、外国での就労経験を持たずに、日本から中国へ直接移籍する研究者も増えているので、そういう人から見るとまた別の感じ方があるだろう。


中国移籍のメリット

まず、現職場へ移籍して感じたメリットの方から話をしてみようと思う。まずは、何はさておき最大のメリットとして、雇用契約の内容が過去のものと比べて一番安定していることを挙げなくてはいけない。現職では、5年に一度の業績審査にパスし続ければ定年まで勤めることができる。

中国へ来る前に就いていたロシアの職は、基本的に期限なしの職ではあったが、契約内容が厳格に守られないなど、基本的な部分で強い不安があった。また、それだけでなく、そもそもの問題として「国自体の安定さ」にも一抹の不安があった。案の定と言うか、その後のロシアの状況を見ると、見事に私の不安が的中して「大問題」が勃発したことは皆さんご存知のとおりだ。

ロシア以前の職は、全て雇用期間が限定された有期雇用だったので、現在の職とは比較とはならない。やはり、雇用が安定しているということは、研究者にとってはこれ以上のメリットはないというのが、実際に働き始めて感じる実感である。

次にメリットとして挙げたいのは、職場の「若さ」と「安定度」だ。教職員の平均年齢が若く、とても活気がある。なおかつ、組織としては安定したシステムが既に出来上がっていて、構成員が若いからといって、組織の運営が不安定にはならない。良きにつけ悪きにつけ、国が策定したルールに従って組織が安定的に運営されていることは現在の中国の研究機関の特徴だろう。

以前、台湾で務めていた研究所も構成員が若く活気があったが、それと同時に組織運営も不安定だった。なぜならば、若いメンバーが試行錯誤しながら研究所の舵取りをやっていたからだ。若い人が中心となって組織運営にあたると、どうしても内部で「いざこざ」が少なくない頻度頻度で発生する。

このような状況は、西側ポリコレ的な感覚でとらえると、若い人が言いたいことを言える環境で「良いことだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、実際に内部で働いた立場からすると、研究所や大学は、内部政治が安定している方が仕事がしやすいというのが率直な感想である。

現在の職場は、組織の「オペレーションシステム」が国の方針によって基本的に出来上がってしまっているので、構成員は非常に若いにも関わらず、根本的な意見の対立によって職場政治的に不穏な空気が立ち込めるような場面はほとんどない。「西側ポリコレ的な良し悪し」は別として、余計な学内政治にエネルギーをとられないで研究と教育に専念できることは、私は個人的にはメリットだと思っている。

次に挙げたいのが、学生の学習意欲が平均的に高いことである。もちろん学生のことなので、個々にみれば色んな学生がいるのだけれど、押し並べて勤勉な学生が多い。これには中国ならではの事情もあるだろうと思う。中国の大学では、学生は基本的に学内の寮に住んでおり、バイトについても厳しい制限があるので、状況として勉強に集中せざるを得ない環境となっている。また、大学院進学熱が高いので、学部生は卒業後の進学準備のために一生懸命勉強するし、大学院生も学位取得のために熱心に研究に取り組む人が多い。まぁ、理由はどうあれ、学生が熱心に勉強や研究に取り組む雰囲気がある中で教員のモチベーションが上がらないわけがない。

次に、職場環境以外のメリットを考えてみる。まずは、「生活の利便性」が高いことを挙げておきたい。後述するように、生活を立ち上げるまでには、煩雑な手続きが要求されるが、一度生活が軌道に乗れば、様々な用事をオンラインで(スマホで)済ますことができるし、とても便利だ。珠海のような小都市でも、中国の通販を利用すればありとあらゆるものを簡単に入手することができる。

アメリカやロシアに住んでいたときには、日本食が恋しくなったものだけれど、それほど特殊なものでなければ、だいたいの日本食は通販や出前で入手することができる。また、医療に関しても、私が過去に住んだ国・地域の中では、一番恵まれた状況にある。職場の福利厚生の一環として、大学病院を2割負担で利用できるし、大学附属病院には国際医療センターがあるので言語的な不安もない。私は街の中の歯科にもかかっているが、最近は留学経験のある医師が多いので、少し探せば英語の通じる歯科医を見つけることもそれほど難しいことではない。私の担当歯科医も流暢に英語を話すので、安心して治療を受けることができている。

最後に、珠海を含む中国ベイエリア特有のメリットとして、「空気の良さ」を挙げておきたい。中国といえば「大気汚染」というぐらいに、都市部での空気の悪さは有名だが、中国の中でも珠海を含むベイエリアは例外だ。そこそこの都市圏でありながら、これだけ空気の質が良い場所は、中国の中ではベイエリアだけだろう。

私の同僚の中には、大都市圏の超名門大学と中山大学の両方からオファーをもらった人がいるが、彼は空気の質を理由に中山大学を選択したそうだ。私も出張で大都市の空気の悪さは経験しているが、あの大気汚染のなかで10年20年と生活することは、かなりのリスクだろうと思う。


中国移籍のデメリット

さて、次にデメリットについても意見を述べてみようと思う。デメリットとして、まず最初に挙げたいのは「手続きの煩雑さ」だ。これは、生活の立ち上げから始まって、様々な場面で顔を出してくる問題である。中国は光度にIT化が進んでいる国ではあるが、それはあくまで自国民に対しての話である。外国人については、あらゆる場面で「例外扱い」となり、発達したシステムの利便性を十分に享受することは出来ない。

また、うちの職場に特化した問題として、外国人に対するサポートが十分ではないという点もデメリットの一つとして挙げておきたい。外国人として中国で生活していると、さまざまな場面で余計な手続きが必要となるが、その多くは中国語ができないと対応できない。そこで、助けてくれる中国人が必要となるのだが、外国人をサポートする特別の部門は職場に存在しないので、個人的に助けてくれる人を探すことになる。いつも都合良く人が見つかるとは限らないので、苦労するときもある。

面倒な手続きは、具体的にはいろいろとあるのだが、特に面倒だと思うものの一つに「国外送金」がある。中国から国外に送金するためには、かなり多くの書類を揃えて銀行の窓口に行って手続きしなくてはいけない。送金することは可能なのだけれど、とにかく手続きが面倒で、かなりストレスフルであることは間違いない。

職場関連のデメリットしては、まず研究予算の獲得の困難さが挙げられると思う。中国というと研究予算が豊富で、簡単に予算をもらえると勘違いしている外国人が多いのだけれど、研究費の採択率は、分野にもよるが1-2割程度と決して簡単ではない。また、書類は中国語でかかなければいけない項目も多く、外国人にはかなりの負担となる。

また、ティーチングのノルマが案外多いことにも触れておきたい。年間72校時(36コマ)の担当が義務付けられており、これに加えて大学院の講義を担当する必要がある。また、ティーチング研修や、模擬講義による実技審査等もあるため、ティーチングの負荷は決して軽くはない。

最後に、もう2点デメリットを付け加えておきたい。一つは既に上記でも部分的に触れたが、ある程度の中国語能力は必須であることだ。完全に中国語を拒否した状態で長く勤務することはかなりの困難を伴うと思われる。私は個人的には語学学習が好きなので、日々中国語を学び続けることにストレスを感じないが、外国語にアレルギーがある人が中国に来ると辛くなる可能性はあるだろう。

もう一点は「コロナ規制」である。正直な話、現行の中国のコロナ規制は相当な厳しさだ。コロナ規制によってあらゆる予定が最後の瞬間に変更になることはもはや日常茶飯事である。また、あらゆる場所で突然「ロックダウン」に合う可能性がある。ロックダウンされる場所は自宅だけとは限らない、職場や買い物で訪れたスーパーマーケット等、あらゆる場所にいつ閉じ込められるか分からない。このような状況が永遠に続くとは思わないが、現在の中国では明らかな生活のデメリットの一つなので付記しておきたい。