2016年12月18日日曜日

【第32回】 ロシアの大学改革の現状

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


私が勤務しているウラル連邦大学のWebページ見ると、目立つ場所に以下のような「5-100」という文字で構成されたロゴが表示されています。
(参照:ウラル連邦大学Web、 http://urfu.ru/en/

5-100プロジェクトのロゴ
これは、ロシア政府が現在進めている大学改革プロジェクトのロゴです。「5-100」という数字は、「世界大学ランキグン100位以内に、ロシアの大学を5校以上ランクインさせる」というプロジェクトの数値目標を象徴しています。(一応、2020年までにこの目標を達成することを目指しているようです。)
(参照:5-100プロジェクト、http://5top100.com/

この5-100プロジェクトは、2013年にロシア連邦政府の肝入で始まり、ロシア全体で21校の主要大学が選定されました。その21校の主要大学に重点的に国の資金援助が行われています。私が勤務しているウラル連邦大学も連邦政府によって選定された主要大学の一つです。

各主要大学には、5-100プロジェクト担当のオフィスが設置されており、連邦政府から割り振られる予算の配分や人事などを行っています。私のような外国人教員の比率を高めるための国際人事もプロジェクトオフィスによって行われています。

本来、ロシアの教授職の給料は非常に安く、お世辞にもロシア国外の研究者にとって魅力的な金額ではありません。しかし、大学ランキング向上のためには外国人スタッフ比率を上げることが必須であることから、外国人に対しては、学科から支払われる基本給以外に、プロジェクトオフィスが特別の賃金を上乗せして支払っています

以前紹介したとおり(第2回参照)、ロシアの大学は、日本やアメリカの大学とは大きく異なるシステムで最近まで運営されてきました。しかし、旧来のロシア型教育システムは、欧米の大学評価基準と全く合致しないため、結果的にロシアの大学が世界的に全く評価されない状態が続いてきました。この情況を打開するために、連邦政府によって5-100プロジェクトが立ち上げられた訳です。

旧来のソビエト型教育システムでは、大学では教育のみが行われ、研究はアカデミーで行われるという分業体制になっていました。したがって、大学の建物の間取りも、日本や欧米の大学のように研究用のスペースはほとんど存在せず、教室と教員控室のみによって構成される形態になっていました。研究を行う大学に移行するためには、旧来の間取りでは不便なので、個人研究室やセミナー室等を新たに作るための改築工事が、プロジェクトについた予算で急速に進められています。私が現在使っているオフィスも昨年までは、教材置き場だったスペースを改築したものです。

原油価格の落ち込みでロシア経済が停滞している間も、重点大学へ予算配分は継続され、大学の施設設備の改善や建物の改築などが急ピッチですすめられてきました。さらに、まだ計画段階ではありますが、ウラル連邦大学では、新しいキャンパスを建築する計画もあるようです。

このように急ぎ足で進められている大学改革ですが、私の目から見ると、大学で働く全スタッフが両手を挙げて改革に賛成していると訳ではないようです。とくに、旧来のソビエト型大学システムの中で、教育のみを担当してきたベテラン教員の中には、研究能力を重視する新しいシステムへの移行を良く思わない(不安に感じる)人も相当数いるようです。昨年、教育専門スタッフたちによる大きな反対運動が起こり、連邦政府から大学改革担当の役人が来てミーティングが行われていました。

また、大学改革を進めるための具体的な施策を取り決める委員会が学内に設置されているのですが、この委員会の委員は半数程度が欧米の有名大学の著名教授です。大学ランキングを向上させるためには、既に高い評価を得ている欧米の大学教授から意見を聞くのは自然な話だとは思いますが、あまりにも多くの施策が、欧米の委員を含む委員会からのトップダウンで行われるため、最近は反発するロシア人スタッフも少ないくないようです。「なんで、欧米の委員が決めた施策に従わなくてはいけないんだ」という訳です。

当初は、盲目的に欧米式のシステムのコピーを進めていた感じでしたが、最近では、身近なロシア人同僚たちからも、「ロシアの大学教育には、もともとソビエト時代から受け継いだ良い面もたくさんあるのだから、闇雲に欧米式に移行する必要はないのではないか」という意見も聞こえてきます。連邦政府としては、大学を国際化し、英語のプログラムを増やし、海外からの留学生や教員を増やして、教育面からロシアの影響力を高めたいという考えがあるように思えます。しかし、どうも改革の速度にロシアの大学現場はついていけていないな、というのが私の個人的な感想です。