2014年6月12日木曜日

【第2回】 ウラル連邦大学とロシアにおける大学改革

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


さて私が赴任することになったウラル連邦大学(英語名称、Ural Federal University)について少し説明しておこうと思います。

ウラル連邦大学は正式名称をボリス・エリツィン記念ウラル連邦大学といいます。ロシア連邦初代大統領ボリス・エリツィンが、ウラル連邦大学の前身であるウラル工科大学を卒業していることからボリス・エリツィンの名前が冠されているそうです。
ウラル連邦大学メインビルディング
ウラル連邦大学は、ロシアの中央部、モスクワから飛行機で2時間ほどの場所にある120万都市、エカテリンブルグにキャンパスを構えています。エカテリンブルグという街は、ソビエト時代には外国人の滞在が禁止されていたこともあり、日本での知名度は低いですが、ロシアでは4番目の人口を誇る大都市です。日本では福岡か仙台ぐらいの感じでしょうか。治安もよく、都市交通や商業施設も発達しており、昨年末に一ヶ月滞在した時の印象ではかなり好感を持ちました。(美術館やコンサートホール、博物館など文化的な施設も大変充実しています。)ソ連時代の厳しい建物が僅かに残っていますが、全体的にはヨーロッパ調の街並みの落ち着いた感じの街です。
エカテリンブルクの街並み
欧米や日本では、大学において研究と教育の両方が行われていますが、ソビエト連邦時代のロシアでは、「学術研究は研究所で、教育は大学で」というふうに明確な分業が行われていました。このことから、ロシアの大学のシステムは日本や欧米のそれとはかなり異なったものになっています。しかしソビエト連邦の崩壊から20年以上が経過し、西側諸国との交流が進む中で、最近ではロシアでも世界基準に合うように大学制度を改革しようという機運が高まってきています。

このような状況の中、大学改革の一部として最近全国に8つの「連邦大学」が設立されました。全ての連邦大学は今後10年以内に、主だった世界大学ランキングで100位以内に入ることを目標としています。ウラル連邦大学も新しく設立された連邦大学の1つです。(ウラル連邦大学は、旧ウラル国立大学、旧ウラル工科大学が合併する形で2年前に設立されました。)

ウラル連邦大学の規模はかなり大きく、学部生だけで57,000人、ファカルティースタッフ 8,000人を擁しています。博士課程大学院生はまだ1,000人程度ですが国からの手厚いサポートを背景に今後さらに博士課程プログラムが拡張されていく予定となっています。

THEなどの世界大学ランキングで上位に入るために重要な要素の1つが「国際化」の度合いであることはよく知られた事実ですが、残念ながらこれまでのロシアの大学はロシア国内で閉じている感が強く、あまり国際的と言える状況ではありませんでした。ロシアには学術レベルの高い研究者が多数存在するのも事実ですが、ソビエト時代からの閉鎖的文化の名残があり、外部からの人材の受け入れや交流にはあまり積極的ではない雰囲気があったようです。(少し前の日本の大学と雰囲気が似ているかもしれません。)

しかし新しく連邦大学を創設するにあたっては、急速に大学の国際化を図ることを最重要課題の1つとしており、国際化を推し進めるための予算が豊富に各連邦大学に割り当てられています。ウラル連邦大学でも改革のための特別の部署が設けられています。(このような状況の中、私のところにも声がかかったということになります。)

ウラル連邦大学における国際人材確保の積極性は相当なものです。私の場合、初めて職の打診を受けたのは、共同研究のために大学に短期滞在していた昨年11月でした。滞在中に「自然科学担当の副学長が話をしたいので時間をとってもらえるか」という話が突然あり、何の話をされるのか全く見当もつかず副学長に会ってみたところいきなり教授職のコンディショナルオファーを提示され大変驚きました。後で聞いた話では、ウラル連邦大学では大学に来るビジターの情報を大学中央に集約しており、可能性のある人に適宜声をかけているとのことです。(短期滞在のわりに、詳しいCVや論文リストの提出、学生向けの授業の実施などを求められたのでなんとなく普通の共同研究のための滞在とは違う雰囲気があったのは事実です。)

2013年にウラル連邦大学に招聘された時の入構証
ただ、一方では、保守的なスタッフの中には外国人スタッフを増やすことに積極的ではない人もいるという話も聞きました。確かにロシアには極めて優秀な人材がたくさんおり、国の経済状況が改善されれば国際化を図らずとも大学の水準を向上することは可能かもしれません。(こういうことはしっかりと胸に刻んだ上で赴任したほうが良いだろうと思っています。)しかし、そのような意見が押し流されるほど強力な国際化の流れがロシアの大学に出来つつあるということなのだと思います。