2017年4月2日日曜日

【第36回】ロシアの研究職の公募が全く出ないわけではないが

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


前回(第35回)、ロシアで理工系の研究職を得る方法について、現時点での私なりの意見を述べてみました。しかし、その一方で、ロシアの研究職の「公募」についてはあまり触れなかったので若干の補足をしたいと思います。

前回、私は次のように述べました。
なぜならば、ロシアの研究職はほとんど西側研究者の目につくところに公募が出ないからです。また、出たとしてもロシア語の公募案内が地味に出るだけですし、それすら出ない場合が多いのです。
 これに、もう少し詳細を付け足すとすると、稀にロシアの国公立大学の教授職の公募が出ていた場合、その職には既に誰かが内定している可能性が高いということは知っておいた方が良いでしょう。

ロシア以外の国でも時々見られることですが、大学の内規や法律で、研究職の採用を決める前に、必ず公募を出さなくてはいけない場合があります。そのような場合、実際には内定者が決まっているのにもかかわらず、形式的に公募(いわゆる「空公募」)が出される場合があります。ことの善し悪しは置いておいて、このような実質的に無意味な空公募が世の中に出回っていることは事実です。

ロシアの場合も連邦大学の教授人事は、前回お話したとおり、前提となる人間関係が存在しないとオファーが出されることはまずありえません。しかし、知り合いを採用するにしても、各種の規定・法律により公募は出さなくてはいけない場合があり、実際にそのような公募が出回っています。このような類の公募は、多くの場合、ロシアの地方紙などに小さく出るだけなので、おそらくほとんどの外国人は目にすることはないでしょう。仮に血眼になってこのような公募を探して応募しても、採用されることはありません。

ところで、最近ごく稀にロシアの私立大学からファカルティー職の国際公募が出ることがあります。私立大学の内情には私はあまり詳しくはありませんが、このような私立大学からの国際公募は、わざわざ高い掲載費を払って国際学会等の就職情報欄に英語で掲載される場合が多いので、さすがにロシアと言えども本物の公募である可能性はあります。ただし、この場合でも、私の経験上、応募先の大学の人事担当者と直接の面識がある人物が有利であることに変わりはないと推測しています。

さて一方で、若手向きのポスドク研究員の公募となると、ファカルティー職の公募とは若干様子が異なります。最近ではロシアの多くの国公立大学がポスドクの国際公募を出しています。私の職場のウラル連邦大学でも、毎年20人程度のポスドク研究員の公募を英語で出しており、表面上は欧米の大学や研究機関の状況に近づいているように見えます。

ただし、そこはロシアのことですから、ポスドクの公募についても、英語で公募が出ているからといって、事前の交渉なしに応募書類だけを提出しても、おそらく梨の礫となることは確実だと思います

このような状況が推測されるのは、前回お話したようなロシア人気質に起因する事情もあるのですが、もう一つ別の理由として、ロシアでは事務の現場に英語で事務処理を行える人材が常に不足がちであることも挙げられます。

公募の提出先メールアドレスに英語で書類やメールを送ったとしても、担当者が英語のメールの処理を迅速にやってくれるとは限りません。結局、後回しにされて、いつまでも処理されないということはロシアでは常にありえます。

ただし、ポスドクの公募が出ている場合、「ポスドクを雇用するための予算が存在する」ということは確実に言えると思います。ロシアの大学では、ポスドクを雇う予算として、個人で獲得したグラントと、連邦政府からポスドク雇用のために配布された人件費の2種類が存在しますが、前者は予算執行のための手続きが極めて複雑なため、通常はポスドクの雇用には後者の予算が使われます。

例えば、ウラル連邦大学の場合は、前回お話した「5-100プロジェクト」の重点大学であることもあり、毎年ポスドク20人分ほどの人件費が国から配布されてきます。この20人という枠は、だいたい毎年「余り気味」なので、基本的にウラル連邦大学の場合、内部の教授がその気になればいつでも自由にポスドクを雇用できる状況にあります。したがって、受け入れを希望する内部の教授にアプローチし、ロシアでポスドクをしたい旨を「熱心に」伝えれば、職を得られる可能性は十分にあります。

しかし、内部の人件費を使うにしても、ロシアにおける事務手続きが煩雑かつ時間がかかることには基本的に変わりはありません。したがって、他の国のポスドク公募にも並行して応募している状況で、ロシアのポスドク職を「滑り止め」として使いたいという人に対しては、おそらくほとんどのロシア人教授は予算があっても雇用手続きを進めようとは思わないでしょう。つまり、「交渉が成立すれば必ずロシアに行く」と腹をくくることが、ロシアでポスドク職を得る鍵となります。