2017年4月1日土曜日

【第35回】ロシアで理工系の研究職を得る方法

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


私がロシアの大学で働いているという状況は、基礎科学系の研究者としてはかなり珍しいようで、「ロシアでどうやって研究職を得たのですか?」、もしくは「どうやればロシアで研究職を得られるのですか?」という質問をしばしば受けることがあります。

最初の質問には自分の体験をそのままお話するのですが、私がロシアの研究職を得た理由は、いわゆる「ヘッドハンティング」をされたためなので、「どうやればロシアで研究職を得られるのですか?」という質問には、実はこれまであまり上手くお答えすることができませんでした。

しかし、既におおよそ3年の月日をロシアの連邦大学教授として過ごしてきましたので、ロシアで研究職を探す場合に必要であろう戦略について多少はお答えできる状況になってきたと思います。今回は「どうやればロシアで研究職を得られるのか」現時点での私の見解をまとめてみたいと思います。

まず大前提として、ロシアの研究職には、研究分野的な観点での向き不向きや、パーソナリティー的な向き不向きがかなりあります。この辺の事情ついて話しだすと長くなるのでここでは深入りはしませんが、研究分野的には、今のところ「お金がかからない分野」、例えば、紙と鉛筆だけで勝負できるような分野、もしくはネットに繋がったパソコンが1台あれば勝負できる分野であれば、ロシアに向いているでしょう。むしろそのような分野の理工系研究者は歓迎されるでしょう。

さて、あなたがロシアで研究職を探している人で、なおかつ研究分野的な観点からロシアに適合すると仮定して、最初に何をすればよいでしょうか? 私の考えでは、まず最初にしなくてはいけないことは「ロシア人研究者の知り合いをつくること」です。

日本を含め、西側諸国の流儀では研究職を得たいと思うと、まず最初に公募情報を確認する、つまり空きポストを探すというのが定跡手順でしょう。しかし、この方法ではロシアの研究職を探すことはまず不可能です。なぜならば、ロシアの研究職はほとんど西側研究者の目につくところに公募が出ないからです。また、出たとしてもロシア語の公募案内が地味に出るだけですし、それすら出ない場合が多いのです。

私がこれまで見聞きしてきたロシアの大学における研究職人事では「人柄をよく知らない人物は採用しない」という暗黙の掟があります。これにはどうもロシア人気質が強く反映されているようです。西欧文化に慣れ親しんでいる若い世代のロシア人がどう考えるかはわかりませんが、現在人事権を握っている世代のロシア人には、公募に応募してくるような「見知らぬ人」を採用することを極端に嫌がる人が多いというのが現実です。

したがって、ロシアで研究職を得るためには、まず、自分に協力してくれそうなロシア人研究者の知り合いを作る必要があります。知り合いになるチャンス自体は、ある程度活躍している研究者であればいろいろとあるでしょう。例えば、国際会議などは良いチャンスでしょうし、共同研究のためにロシアの大学や研究所に滞在するという方法も良いでしょう。

では、どのようなロシア人研究者を知り合いになればよいのでしょうか?基本的には、大学運営に影響力を持っていそうな「教授レベル以上の人」の知り合いが必要となります。特に良いのは、現在連邦政府から集中的に予算が配布されている「重点大学」の教授クラス以上の人物です。さらに、自分と同じ分野の研究を行っている人であればベストでしょう。

現在ロシアでは、「5-100プロジェクト」という大学改革が行われています。これはロシアの大学の教育や研究の水準を高め、2020年までに世界大学ランキングの上位100位以内に5校以上のロシアの大学をランクインさせることを目標とした国家プロジェクトです。現在21の大学がプロジェクトの重点大学として選ばれ、それらの大学にロシア連邦政府から集中的に予算が配分されています。

さて、世界大学ランキングは、いくつか異なる機関から毎年発表されていますが、いずれのランキングでも「国際性」が重要な評価基準の一つとなっています。したがって、ロシアの重点大学は、どの大学も基本的に国際性を高めるために外国人教員を雇用したいと考えています。また、そのための予算も既に持っています。つまり、重点大学で人事権を持つ人物にポジティブな印象を持ってもらえれば声をかけられる可能性が高くなるわけです。

私が勤務しているウラル連邦大学も21の重点大学の一つです。今から考えると、私がヘッドハンティングされたのも5-100プロジェクトにもとづくものだったわけです。

私の場合、前職のとき、共同研究のために1ヶ月間ウラル連邦大学に滞在したのですが、訪問の折に「履歴書と研究業績のまとめを資料として提出していただけませんか?」という依頼をされました。いろいろと規制のあるロシアのことなので、私はてっきり「政府レベルでロシアを訪問する研究者の個人情報を把握したいのだろう」くらいに思っていたのですが、実はヘッドハンティングするための選考資料として提出した資料が使われていたわけです。

私が赴任して以降も、ウラル連邦大学の自然科学系の外国人研究者は徐々に増える傾向にあります。私の観察では、新しく入ってくる人たちは、「もともと大学内部に教授クラス以上の親しい研究者がいる」、「SCOPUS等で、h-indexがおおよそ15以上」の2つの条件を満たしています

最初の条件は、上述の「暗黙の掟」に従うものですが、赴任後の生活サポートなどの観点からも重要だと思われます。また、最近のロシアの大学は、大学ランキング対策として論文メトリックスをかなり気にしますので、業績が低すぎるといくら外国人教員を増やしたいとはいえ声はかかりません。ロシアで外国人が教授に就くには、平均的な西欧の大学の教授としても一応最低限通用するぐらいの業績は必要となるようです

ここまで、どうやったらヘッドハンティングが呼び込めるかという書き方をしてしまいましたが、ある程度親しいロシア人研究者の知り合いができたら、自分から「あなたの大学で職を得られないだろうか?」と聞いてみるのは悪くないアイデアだと思います。基本的な方向性として、5-100プロジェクトの重点大学は外国人研究者を増やしたいと考えているので、職の可能性を問えば必ず真剣に話を聞いてくれることと思います。