2017年4月9日日曜日

【第37回】ロシアに適した研究分野

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


前回、前々回と「工夫次第ではロシアで新規に研究職を掘り起こすことは十分可能である」という話をしました。そこで、今回はもう少し話を突っ込んで、どういう分野が外国人研究者にとってロシアでの研究に向いているか、私なりの意見を簡単に述べてみたいと思います。

研究職を探す時に、やはり重要なのは研究分野のマッチングだと思います。これはロシアといえども状況は基本的に同じです。自分と同じ分野の研究者が内部から引っ張ってくれないと、前回お話したような事情でなかなかロシアで職を得ることはできません。ただし、ロシアの場合はロシアならではの特殊事情があるので、単純に研究分野のマッチングがとれているだけではおそらく赴任してからの研究生活は上手く行かないでしょう。

そのロシアの特殊事情の1つに「研究費についての不確定性が非常に大きい」ということが挙げられます。ロシアでは研究グラントの公募機会自体はかなり豊富で、政府系のグラントだけでも年間で3-4回以上応募するチャンスがあります。ロシアの国家戦略に沿った研究分野であればおそらく毎月のように公募があると思います。

ただし問題なのは、外国人がPIとなって政府系のグラントを獲得することが非常に難しいということです。私は過去3年度間に5回ほど政府系のグラントに応募しましたが全て不採択でした。過去にもこのブログで何度かグラントについては書きましたが、ロシアでは「知り合いを優先する」という行為がグラントの審査段階で普通にまかり通っているので、レフリーと面識のない人間は不利になるのです。この観点から外国から来た新人がいきなりPIとしてロシアの政府系研究グラントを獲得するのは非現実的なのです。

ただし、ロシアではグラント以外に、連邦政府から大学や研究所に割り振られる科学研究振興を目的とした様々な予算があり、交渉次第でこのような予算の中からある程度の研究資金を出してもらうことは可能です(場合によっては、かなり大きなお金が突然使える場合もあります)。したがって、外国人だと全く研究費がゼロになるという訳ではありません。ただ、重要なのは、研究費として利用できる金額や、利用できる時期に非常に大きな不確定性があるということです。

したがって、例えば実験開発系の研究分野等で、実験装置の購入ができなければ全く研究が遂行できないというような分野の研究者がロシアで研究することには、かなり大きなリスクが伴うといえるでしょう。一応念の為に断っておくと、ロシアで実験系の研究が行われていないということではありません。むしろ非常に活発に実験系の研究は行われています。ただ、外国人研究者がPIとしてロシアで行う研究としては、大きな予算を前提とした分野だとリスクが大きいということです。

では、その一方で、ロシアに向いている分野はというと、基本的にお金がなくても成果が出せる分野だと思います。さらにいうと、基本的にお金がなくても成果は出せるが、お金が突然使えることになった場合、さらに大きな成果が出せる分野、というのがベストだと思います。先程少し触れたとおり、ロシアではお金が全くない訳ではなく「不確定性が大きい」というところがポイントです。全くグラントが当たらず困っていたら、突然大学上層部から「予算が余っているから使って良い」という話が舞い込むこともあります。この辺のロシア的ないい加減さに対して柔軟に対応できる分野や研究者がロシアに向いているといえるでしょう。

私は観測天文学が専門ですが、現代の観測天文学では観測者が天文台に行って観測する必要はあまりなく、多くの場合観測指示書を天文台に提出することでオペレーターがデータを取得してくれます。したがって、私の場合はネットに繋がったパソコンと天文データを扱うための大きめのデータ記憶装置さえあれば十分研究が可能です。最近はパソコンもハードディスクも安くなってきているので、必要な経費はせいぜい20万円くらいのものです。さらに、突然予算が利用できるようになった場合は、現地に行かないと実行できない観測を行ったり、理論の専門家をロシアに招待したりして、さらに成果を上げることができます。つまり装置開発の伴わない観測天文学はロシアの状況に良くフィットした研究分野なのです。

ここまで話した事情は、あくまで自分がPIとなって働く場合の話で、ロシア人ボスの下で働くことになるポスドクやテクニシャンの場合はこの限りではありません。装置の整っているロシア人PIの実験系ラボで、外国人のポスドクやテクニシャンがたくさん働いています。