2016年4月21日木曜日

【第26回】 若手天文学研究者にとってロシアは希望たり得るか

<<<筆者注:この記事はウクライナ侵攻前に執筆したもので、現在のロシアの状況を反映したものではないことにご注意ください>>>


ロシアでも稀に日本からの留学生の方を見かけますが、基本的にロシア留学というと語学留学や社会科学系もしくは芸術系の分野が中心で、科学技術系分野での留学はまだまだ少ないように思います。しかし、制度としては外国人を受け入れる体制にはなっており、科学技術系分野でのロシア留学が不可能というわけではありません。ここでは、簡単に、ウラル連邦大学で天文学を選考する場合を例にとって、科学技術分野でのロシア留学のメリット・デメリットを述べてみたいと思います。

まず、学部留学と大学院修士課程への留学ですが、制度的には可能なのですが、最大の問題となるのは「ロシア語」だと思います。学部から修士課程修了まではみっちりと授業があり、基本的に全てロシア語で授業が行われます。したがって、ロシア語に関してある程度の素養がなければ学部と修士課程を卒業することは難しいと思われます。

しかし、過去の事例を見ると、大学の第2外国語としてロシア語を学んだアメリカ人や中国人の留学生が、修業年限以内に修士号をとった事実もありますので、教養レベルのロシア語の知識があれば、学部や修士課程への留学が全く不可能ではないと思われます。あと、外国人留学生に対しては特別の奨学金制度があり、学費は実質的に免除され、住居についても大学寮の部屋が格安で提供されます(家賃約3000円)。確かにハードルが低いとは言えませんが、何か他の人とは違うチャレンジがしてみたいという人には面白い経験となるかもしれません(経済的な負担もすくないですし)。

ちなみに、将来的にはロシアの連邦大学の多くが、英語のみで修士号を取得可能な修士課程を設置することを目指しており、いずれはロシア語の知識がなくてもロシアの大学へ大学院留学できるようになるはずです。

ウラル連邦大学大学寮10階からの眺め
博士課程については、学部や修士課程よりも、もう少し簡単に留学することが可能です。ロシアの博士課程では、基本的に授業がありません(正確に言うと、授業はあっても試験に通って単位を揃えるというシステムがありません)。したがって、ロシア語ができなくても、最終的に博士論文を書き、査読論文を2本以上出版するなどの修了規定を満たし、英語で行われる中間試験と最終試験にパスすれば博士号に相当する学位(кандидат наук、カンジダート・ナウーク)を取得することができます。修士課程と同様に、外国人の場合は学費は実質無料で住居も提供されます。さらに博士課程では、リサーチアシスタントとして若干の給料も支払われますので、実質的に完全無料で学位を取得することが可能です。

ロシアの博士課程のデメリットとしては、博士号に相当する学位(カンジダート・ナウーク)が、国によっては正式の博士号として認められない場合があるということです。ただ、実際問題として、ロシアで博士号(カンジダート・ナウーク)を取得した後にロシア外で研究職についている人も多くいるので、研究者になるという視点からは致命的な問題とはならないと思います。(非アカデミックなキャリアを歩む場合は問題になるかもしれません。)

上述のように、学費が実質無料であることや、現状でも英語のみで卒業できる体制が整っていることなどを考えると、ロシアの博士課程は決して非現実的な進路ではなく、むしろ経済的な理由で博士課程進学を諦めざるをえないような方にとっては大きな助けとなると思われます。


最後にポスドクについてですが、ロシアでポスドクをすることは、英語さえ話せれば、全くロシア語が話せなくても十分に可能です。ロシアの大学は、欧米の研究所や大学に比べると、比較的のんびりした雰囲気なので、せっつかれながら仕事するのが苦手な人などには向いているかもしれません。ポスドクの給料の相場は、年間で100万ルーブル程度です。ウラル連邦大学では、給料以外に住居、健康保険、年間8-12週間程度の有給休暇が提供されます。

日本や欧米のポスドクとの違いとしては、まず論文報奨金制度があります。ロシアでは国家レベルの制度として論文を出版すると報奨金が支払われることになっています。報奨金の金額は投稿するジャーナルによって変わってきますが、IF値が5-10程度の中堅程度のジャーナルの場合で、一報あたり50-60万円ほどになります。(ただし、報奨金はロシア人共同研究者がいる場合は均等に分配されるので、2人のロシア人と共著で論文を出す場合は、自分が貰える金額は一報当たりの金額の3分の1となります)。また、ロシアではページチャージのサポートが得られないので、投稿料が有料のジャーナルに投稿した場合、報奨金からページチャージを支払うことになります(つまり、ある意味ページチャージは自腹とも言えます)。

また、着任時点では研究会や観測等のフィールドワークに行くための旅費サポートはなく、ポスドクであっても自分でグラントを獲得し、必要な研究費は自分で賄うことが期待されています。ただし、グラントに応募できる機会は日本よりも格段に多く、競争率の低い国際共同研究用のグラント等に狙いを定めれば必ずしむ研究費獲得は難しくない(と、少なくとも大学は言っています)。

さて、このようにメリット・デメリットいろいろあるロシアの科学技術分野での留学ですが、一つ強調しておきたいのは、現在のロシアは外国人を受け入れることにかなり前向きであるということです。とくに日本からの正規留学生やポスドクは非常に少ないため、ロシアに来ればかなり歓迎されることは間違いありません。ちょっと人とは変わったキャリアを歩みたい人や、人とは違っった人脈を築きたい人は、積極的にチャレンジしてみると面白いかもしれません。