2014年6月26日木曜日

【第4回】 ウラル連邦大学天文測地学科および大学天文台

新しい職場について少し紹介しておこうと思います。ウラル連邦大学には天文学を扱っている部門が2つあります。1つが天文測地学科(Department of Astronomy and Geodesy)で、もう一つが大学付属天文台(Kourovka Astronomical Observatory)です。私がどこの所属になるかまだ不明なのですがこれまでの大学側の説明では、この2つの部門のうちのどちらか、もしくは1つ階層が上の学部に直属のスタッフになるだろうという話でした。(所属はともかくとして天文測地学科で授業をすることにはなりそうです。)

天文台は天文測地学科に付設されたものではなく1つの独立した組織で、天文台というより大学付属の天文学研究センターと呼ぶ方がより適切だと思います。(例えば、東京大学の天文学科と天文学教育研究センターの関係と似ていると思います。) 天文測地学科のスタッフは14名、天文台のスタッフは34名なので天文台の方が組織としては大きいようです。ただし、天文台スタッフの中にはアカデミックスタッフ以外にエンジニアも含まれています。(学科と天文台を兼任している人が数人いるのでスタッフの総数は合計の人数よりやや小さいです。)

天文測地学科の学部学生の人数はまだ完全には把握していませんが、昨年の11月の滞在時に院生向けの授業をやった際には30人ほど参加してくれたので、大学院生は40人程度はいるのではないかと推測しています(また詳しく状況がわかったらこのブログで報告します。)

1つロシアの大学院生について知っておくべきなのは、ロシアにおいては大学院生は学生とは区分されないことです。大学院生と対外的に呼ばれている人たちは、基本的には学部教育のための教育スタッフであり、教育デューティーをこなしながら、空いた時間で学位審査に向けて教授の指導のもと研究を行っています。アメリカなどのTA制度と似ているように思われるかもしれませんが、学生としての身分よりも教育スタッフとしての身分がメインであるところがアメリカなどにおける大学院生向けTA制度との違いです。学部学生の指導の他にもファカルティースタッフの事務的な仕事の補佐をしたり研究業務の補佐(グラント申請書作成の手伝い)なども大学院生のデューティーに含まれる場合があります。

天文系のファカルティースタッフの専門分野は、理論では、天体力学、輻射輸送関係、MHD関係、メーザー理論などで、観測では激変星の可視赤外観測、星形成領域の電波観測などをやっている人たちがいます。晩期型星を電波で観測してきた私は若干毛色が違う感じではありますが、メーザー関連、星形成領域、輻射輸送などの人とはいろいろと仕事ができそうで、既に共同研究を立ち上げつつあります。(また研究については機会をあらためて書きたいと思います。)また、大きなプロジェクトとしては、宇宙VLBI計画のRadioAstronや次世代宇宙VLBI計画であるMillimetronなどに大学として参画しています。私も科学的な側面からこれらのプロジェクトに関係することになると思われます。

RadioAstronのイメージ図
Millimetronのイメージ図

昨年の11月に天文測地学科のビルに滞在させてもらったのですが、2つほど非常に関心したことがありました。1つ目は女性のスタッフが多いことです。だいたいファカルティースタッフの半数くが女性スタッフです。院生についても半数程度が女性だったと思います。日本では依然として大学教授職へ登用される女性の数が少ないですがロシアではそのような差別は皆無のようです。

もう一つ関心したのがベテランスタッフが多く活躍していることです。日本では定年制があるので60半ばを過ぎると嫌でも大学を去らなければなりません。欧米の場合はテニュア制がしかれているのでベテランの研究者が大学で研究を続けている場合もありますが、ロシアでは私が今まで見てきたどの研究機関よりも多くのベテランスタッフが現役でバリバリ活躍しています。

私が滞在していたオフィスの向かいが天文測地学科の講義室だったのですが、そこで75-80歳位の女性教授がノートも見ずに偏微分方程式か何かの授業をスラスラやっていたのには本当に関心しました。大学天文台の台長も76歳の女性教授であるザハロワさんです。ザハロワさん曰く「若い人は研究に専念してもらって、若い人が嫌がるマネージメントは年寄りが引き受けるのよ」とのことでした。(ザハロワさんには手作りのランチもごちそうになりました。トマトのピクルスが美味かったです。)

ロシアのベテランスタッフの皆さんと議論していると、かなり複雑な数式(それもあまり普段天文学で使わないような数式)を丸暗記していたり、桁数の多い計算をあっという間に暗算してみせたりしてしばしば驚かされます。ソビエト時代の教育がいかにレベルが高かったかという証左ではないかと思います。(ロシアのシニア世代の物理系の学者はランダウ・リフシッツのカリキュラムで鍛えられているので基礎学力が高いのは当然でしょう。)

大学天文台はエカテリンブルクから車で3時間ほど離れたKourovkaという村に観測施設を持っています。観測所の広い敷地には30cmから1.2mの望遠鏡用のドームが5-6台ほど散在しています。望遠鏡自体は古いものもありますが、どの望遠鏡もよく整備されており全て現役で活躍しています。主力の1.2m望遠鏡は比較的最近建造されたもので、昨年見学した時には開発中のファイバー式多天体高分散分光器が取り付けられていました。他にも小口径ながらガンマ線バースト観測用の完全自動化されたロボット望遠鏡などもあり、1大学の天文観測所としてはかなりレベルの高い施設だと思います。

Kourovka観測所の1.2m望遠鏡
Kourovka観測所の双眼式ロボット望遠鏡
1つ天文測地学科に滞在して気になったのは英語を話すスタッフや学生が少ないことです。こちらが英語で話したことが全くわかっていないわけではないようですが、恥ずかしがって英語で答えてくれない人が多いです。日本人も英語に関しては似たようなものなのであまり厳しいことは言えないのですが、本格的にウラル連邦大学で学生を指導するようになったら学生に気軽に英語で話してもらうような状況を作っていく必要があるように感じています。(英語を使う雰囲気を作るのも外国人教員である自分の役割の1つではないかと考えています。)